4/12備忘録 加害者

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備忘録

加害者

わたしたちは、自分の否定するものによって、自らを傷つけています。

あなたが肯定するものはあなたを優しく包み込み、あなたに力を与えてくれます

あなたは、あなたの身の回りに起こってくる出来事のひとつひとつを丹念に観察し、受け入れていくことによって、自分の本質へと帰っていきます。

この宇宙において、あなた自身を傷つけることができるものは、あなた自身の考え方以外には存在しません

あなたは、あなたが良くないと考えているものによってのみ傷つきます

あなたの心の中に、良くないというものがなくなったとき、あなたは他人からそして環境から傷つけられなくなります

そのときあなたは自分自身のマスターとなります

人はいつもいつも、あれは良くない、これはいいと毎瞬毎瞬判断を下していますが、自分が良くないと判断する基準となっているモノサシには気づきません

会社の社員旅行に行ったとき、同室の人のいびきがうるさくて眠れなかったという人がいました

よくある日常会話だと思います

取るに足らない些細な問題で、普段気にも止めないことだと思いますが、じつはこんな些細な問題のほうが、ずっと多くのことに気づけるのです

痛みが小さく、その現実の中にのめり込まないですむからです

その人は、いびきをかいている人から迷惑を受けた被害者で、いびきをかいた人が加害者ということになりますが、それは本当でしょうか

もし人がいびきによって安眠を妨げられたというのなら、電車の騒音の中でうたた寝している人たちは、いったいどういうことになるのでしょう

なぜ、人のいびきはいやなのでしょうか

嫌なものは嫌なのだからしかたがないだろう

人はわけもわからず嫌いなものを、生理的に嫌いと説明をつけて済ませてしまいます

しかしそうなると、あなたは自分ではその問題をどうすることもできないということになってしまいます

自分ひとりでは解決できない他人の問題だと考えざるをえなくなります

ですからあなたは、その人から遠ざかることに意識が向かってしまいます

嫌いなものがあるとあなたは他人から分離せずにはいられないのです

どうしてそれが嫌いなのか、そのことに意識を向けてみてください

どうやって嫌いなものから遠ざかるかではなく、それが嫌いな理由を探してください

嫌いな理由は、あなたの内側にありますから、それはあなた一人で解決がつきます

嫌っている原因が見つかったら、あなたはもう二度と逃げ出す必要がなくなるのです

それはそのとおりでしょう

嫌いなものがなくなれば、一番いいに決まっている

でも、いびきなんてだれだって嫌いでしょう

別に僕だけが嫌っているわけじゃないじゃないですか

という思いが湧いてくるのがこれまでの習慣でした

我々はこれまで、他人と比較して他人の受け入れている考え方を受け入れるという癖が染み付いてしまっていて、他人と同じであるというモノサシによって、自分の正しさをはかり続けて来ました

他の人と同じ考え方だと正しいと判断し、それ以上考えることはなかったわけです

ですからあなたは、あなたの親と同じ苦しみを体験していながら、そのことについてはそれで良いと、自分を納得させ続けているわけです

それはしかたがないことだと自分をコントロールしているわけです

この世には我慢しなければならないこともあると錯覚しています

そんな人が大人であると言われてきたわけです

あなたが他人のいびきが嫌いなわけは、いびきをかくのはよくないことだと思っているからに他なりません

あなたは親からこう言われ続けて来ました

こんな夜中に騒いではいけません 近所迷惑でしょ 静かにしなさい

少しは他人のことも考えなさい、と

素直なこどもは、そうか夜中に大きな物音をたてることは悪いことなのだと、親の言葉を受け入れます

両親に生存権を握られている幼子は、こうして自分のしたいことではなく、親のしたいように動き始めるわけです

そして、夜中に騒音をたてるのは悪いことだという固定的価値観ができあがります

たんにそれだけのことです

いびきがうるさくて眠れなかったといいますが、わたしの妻は電車に乗ったとたん、こっくりこっくりと居眠りをはじめます

それは電車の音がまるで子守唄であるかのようです

音量は人のいびきよりも電車の騒音のほうがあきらかに上でしょう

フルボリュームでスピーカーで鳴らしているジャズ喫茶の中で、うたた寝している光景も何度も目撃しています

うるさいから眠れないというのは嘘です

いびきが気になるのはその騒音のゆえではなく、夜中は静かであるべきだとするあなたの考え方からくるものです

あなたの心には、夜は静かにしないといけないという思いがあり、その思い通りでないところにあなたはストレスを感じます

ストレスは純粋な意識の葛藤作用です

ですから、思いがなければストレスは起こりようがないのです

人は、ジャズ喫茶の中に音を求めて入ります

そこには音があって当たり前なのです

電車の中では騒音があって当たり前、とあなたは考えています

あなたが当たり前と考えているものとは、あなたが受け入れているものです

あなたが受け入れたものは、もはやあなたの外にはなく、あなたと一体です

あなたは、あなたと一体になったものから被害をウケることはありません

どんな騒音もその存在を受け入れているものは、あなたと分離していないのです

あなた自身と同化したあなた自身の一部であり、音の中であなたはすやすやと安らかな眠りに落ちていくわけです

どうしていびきと同化できないのでしょうか

それはあなたが、それは良くないものだと考えているからです

良くないと思ったとき、あなたはそのものから分離します

あなたが分離したものは、あなたに影響力を持ちはじめます

宇宙の創造主であるあなたから分離したものは、あなたと同じ力を持っているからです

夜は静かにしなければいけないという考え方を受け入れているあなたは、その考え方と一体です

こうしてあなたは、夜に騒音をたてるものに生理的嫌悪感を感じるようになっているのです

あなたが受け入れているものはあなたの味方となり、あなたが拒否しているものは、あなたの敵となります

夜中に大騒ぎするあなたのお子さんは、あなたの固定観念をぶち壊すために、この地球に降りてきた尊い光の存在だと考えてみてはどうでしょう

あなたが生理的に嫌っているどんなものも、このいびきと同じです

あなたに生理的に嫌いな人がいるとしたら、どうぞ自分の内側に入り、自分のハイヤーセルフに質問してください

わたしが彼女(彼)を嫌っている原因は何でしょうか、と。

もし、「意地悪」という思いが浮かんできたら、それが原因です

あなたは意地悪な人が嫌いなのです

それは、意地が悪いのは良くないと、思っているからです

わたしも含めて人間はみな意地悪です

意地悪でもいいじゃないですか

どうぞ意地悪な自分を許してあげてください

意地悪でもいいじゃないかと思えたとき、あなたはその価値観の真ん中、ニュートラルな位置に立っているといえるでしょう

あなたはずる賢い人が嫌いかもしれません

自分本位な人が許せない人かもしれません

そして、自分のずる賢さに気づいたとき、あなたはショックを受け落ち込みます

そんなことにならないよう、あなたのエゴはいつもじつに巧みに言い訳を思いつきます

わたしはあれもしなければいけないし、これもしなければいけない

とても忙しくて、とてもわたしにはできないのだ、と。

でもエゴは、他人のためにこの巧みな自己弁護能力を、決して使おうとはしません

だから人は、以前として嫌いな人を避け続けなければならないのです

あなたは、自分かってな人が許せない人ではありません

よく考えてみればわかることです

だれだって自分かってに振る舞いたいのです

それが自由を求める人の本質なのですから

でもあなたは、子供の頃両親にそして学校の先生に、こう言われ続けて来ました

わがままはいけないよ、自分かってにしてはいけません、と

そしてあなたは、その考えを受け入れ社会の常識に同化してきました

生まれたままのあなたの本質からずれてしまいました

それがあなたの根本的ストレスの源です

あなたはすでに身のうちにストレスのの元凶を抱えこんでいます

~はいけないとする考え方のことです

宇宙にはいいも悪いもありません

宇宙はただあるだけです

あなたは自由そのものです

それを犯すことができるのは、あなた自身の考え方以外にはありません

あなたが生まれてから、社会によって渡されて来た人間の固定的価値観を、手放すときがやってきました

意地悪でいいのです

自分かってでいいのです

それはりんごの薄い皮のようなものなのですから

この世は幻影の世界なのですから

あなたは皮をまとった純粋なりんごそのものです

皮によって中身が侵されることはありえません

そんなニュートラルな人だけが、宇宙の純粋な鏡として意地悪な人にも身勝手な人にも変わることのない、豊かな愛情を表現し始めることでしょう

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