2/23備忘録 嫌な気持ちを上手に手放す

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備忘録

わたしたち人間の脳はネガティブに流されやすい

たとえば寝る前に、その日の昼間に起きた嫌なことを思い出して、それがループするように頭の中をその考えがぐるぐる巡ってしまうといった経験はだれどもある。

人間はこういったネガティブなループに入りやすい

そういう脳の構造をしている。

昼間に上司に怒られて、「なんであんなひどいこと言うんだ」と寝る前に思い出したり、彼氏が言った何気ないひとことがずっと心に引っかかり、「あれってどういう意味なんだろう」とか、頭の中で妄想がぐるぐるまわってしまう

将来に対する心配、不安もそう。今度のテストいい点数とれるかな、とか試験に受かるかなとか。

これの何が問題かと言うと、人は誰しも思考を現実化させる能力を備えているから。

人の思考が宇宙や世の中を作っている。

ネガティブなループを頭の中でぐるぐる回してしまうと、本当にそれが現実化してしまう。

つまり、引き寄せの法則がつねに働いているということ。

ネガティブな思考は、波動的には重い波動。

ポジティブな思考は、軽い波動。

このとき宇宙のしくみとしては、軽い波動よりも重い波動のほうがげんじつを引っ張ってくる力が強い。

だから人生というのは嫌なことのほうが起こりやすいし現実化しやすい。

ネガティブな思考が頭をぐるぐるしているとき、そのときの嫌な感情が、強ければ強いほど、そのときに考えている具体的なことが現実化しやすい。

たとえば昼間に上司に怒られたとして、それを夜になってふいに思い出してしまって悶々と考えしまうとして、そのときに上司を恨むような気持ちとか怒りの気持ち、あとは自分に対する自己肯定感が低くなるような気持ち、劣等感。そういった感情が強ければ強いほどそういった出来事をまた引き寄せる。

ネガティブな思考のループにはまることによって、自分から不幸のループに入ってしまう。

こういった状況を「不幸クセがついている人」と解釈できる。

昔の人はこうやって自分からネガティブなループにはいいている人を「貧乏神にとりつかれた人」と表現していた。

こういったネガティブなことを考えてしまう思考の癖は、自分が損をするだけなのでやめたほうがいいし、ネガティブな思考のループに入ってしまったら、無理やりにでも止めるようなワークをしたほうが自分のためになる。

具体的には

嫌なことがあったら、それを具体的に紙に書いてみる。

わたしたちは、三次元の物質世界に生きているので、物質的なものに対してその物との関連性で物事を考えるくせがついている。

物質がない頭のイメージとか思考、そういうものだけでは実際に、何のどういうことで自分が悩んで悶々としているのか、こういった本質的なことが、自分でもわからなくなっていることが多い。

たとえば上司の言った「ばかやろう」という言葉、この部分の言葉が気になっているのか、もしくは上司を優しい人だと思っていたのに、きついことを言われて自分の期待とは違う態度をとられたことによって自分がとまどっているのか。もしくは上司も本当は私を叱りたくないのに、じつは会社の上から言われてしかたなくわたしを叱っていただけなのかもしれない、とかこういうことが見えてくる。

自分なりに冷静に考えて、思いついたことを紙に書き出してみる。

書き終わったら紙を半分に折って破って、また半分に折って破ってどんどん細かくしていき、最後はゴミ箱に捨てる。

「これで今回の件は解決しました。私は穏やかなこころになって幸せになりました。ありがとうございます。」と声に出して言う。

それで終わり。

なぜこれが効果があるのかというと、ようは自己暗示.

人間の脳は、嫌な気持ちとか不安、怒りとか憎しみとかこういった気持ちを考え続けてしまうようなループに入りやすい

ただ、そのループに入るとその思考が現実化してしまうので、意図的にそのループを止めるために紙に書いて破り捨てるという儀式を紹介した

嫌な出来事というのは、何回も頭に浮かんできてしまうもの。

いったん、その嫌なことを考えるループを自分の思考をコントロールすることによって、そのループを断ち切ることができても、次の日に同じようにふっとその嫌なことを思い出して、またネガティブのループに入ってしまうこともある。

こういった、紙に書いて捨てるという、わかりやすい儀式をやっておくことによって、その儀式をやった、という記憶のほうが自分の潜在意識に入る。

ふいに、過去におきた嫌なことを思い出してネガティブのループに入りそうになっても、「そういえばこの件はあの儀式で全部終わりにしたんだった」と自分で思い出すことができる。

この件はもう自分で解決させたんだったと自分で思い出せば、ネガティブな思考のループに入ってしまう前にそれを回避することができる。

その儀式の印象づけを強くするために、なるべくわかりやすい儀式をしたほうがいい。

紙に書いて破り捨てるというのはわかりやすい儀式。

よく考えるとばかばかしい。ばかばかしいほど印象に残りやすいし、効果がある。

過去に起きた嫌な出来事の記憶よりも、それをもう終わりにしますという儀式を行ったという記憶の方がより印象的に脳の潜在意識に入れば、もう同じ案件でネガティブなループに入っていくことはなくなる。

ネガティブなループに入る前に、この件はあの儀式で終わりにしたんだ、と自分で思い出すから、ネガティブのループに入るのを防ぐことができる。

それを防ぐことができれば、ネガティブな思考によってネガティブな現実を引き寄せるという、そういう引き寄せの現実化も防ぐことができる。

同じように、子供のころにいじめられた記憶がある人とか、学生時代が楽しくなかった人は、卒業文集とか卒業アルバムとかそういうものも全部捨ててしまっていい。

それで、「自分の中で嫌な過去はなかった」ということにできる。

過去の記憶は、自分の都合のいいように勝手に改ざんしてしまえばいい。

ただ、わたしたちは物質世界で生きているので、思考だけでこういうことをコントロールしようと思うと、なかなか難しい。

物質的に嫌な過去を思い出すようなものを捨てる、というのは効果がある。

嫌なやつがいたら、そいつの名前を書いてその紙を破り捨てて、これでもう私の中からあなたの嫌な部分は消え去りました、これで問題は解決です、ありがとうございます。と自分で宣言をすればいい。

このときに、恨み心とか憎しみを持ってやってはいけない。

あくまでも冷静になって、紙に書いている自分も、上から自分のアバターを操縦している本当の自分がいて、そのアバターに紙に書かせている、そういう俯瞰したイメージでやってみるといい

こういう儀式、ワークがうまくいくと、最終的には笑えてくる。

「なぜこんな事で悩んでいたのか」とばかばかしくなって笑えてくる

自分で紙に書いてそれを破り捨てるというのは、バカバカしいことをやっている

でもこういうふうに、「ばかなことをしてるな」と思うことが、効果的。

ばかなことをしてるな、と思ったら今度は「ばかなことをしている」ということにフォーカスできる。

ネガティブなことをばかばかしいな、と言う笑いに変換できてしまう

そういった意味でもこういう儀式は大掛かりにやったほうが効果がある。

たとえばあなたが元彼をわすれられないとしたら、友達何人かを呼んで「前カレを忘れるための2泊3日の旅行をけいかくしまーす」と言って大々的にみんなを巻き込んで、旅行とかに行くと、そっちの印象のほうが強烈になって、いやなことなんて簡単に忘れることができる

いやなことを思い出しそうになっても、「そういえば忘れるための旅行というイベントをやったんだった」とそっちを思い出したら、そっちにフォーカスするので、ネガティブループに入っていくのを防ぐことができる

わたしたちは思考だけをコントロールして問題を解決するのは苦手だから、物質的になにかをやることによって思考の方も変えていくことができるということ

わたしたちの現実をつくるのは、あくまでも思考が先。

この三次元世界で生きているわたしたちにとっては、何を考えているのか、どういう感情でいるのかというこういう思考はすごく大事。

思考が大事だから、思考をうまく使うために、物質的なことに手を加える。

これがポジティブなループに入るコツ。

自分が意識することなく無意識的に楽しいことを妄想し始めると、楽しい妄想が、自分の意図とは関係なくどんどん先に進んで、妄想が膨らむのが止まらない状態になる。

これを続けているといずれその妄想は、現実になる。

感情を伴う自然な妄想というのは、潜在意識にどんどん入っていくから。

潜在意識が書き換わると、妄想通りの自分でないことにものすごく違和感を感じる。身体がかってにその妄想を実現させるための行動をとってしまう。

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